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「達人と歩く町」第3回目は『神社に祀られた神から見る歴史』
「達人と歩く町」第3回目講座を7月10日(水) 日野南地域ケアプラザで行いました。

   7月10日(水)、令和元年度「達人と歩く町」の第3回講座を日野南地域ケアプラザ会議室で開催しました。今回の「達人」はこの会でもおなじみの港南歴史協議会の遠藤さんです。
久しぶりの梅雨の晴れ間で青空も窓から見える中、第3回講座は会員51名(出席率84%)が集まり、始まりました。

今回は「歴史の見方―神社から見える歴史と皇室儀礼(新嘗祭)―」と題して、皇室儀礼の話と神社から見える歴史の話が中心の講座です。
元号が平成から令和に変わり新天皇も即位していますが、皇位継承の儀礼には、すでに終わっている継承儀礼とこれから即位を正式なものにするために行われる即位後儀礼があります。
10月22日には「即位礼正殿の儀」があり、天皇はここで天皇になったことを宣言し、外国の大使を招待してお披露目、パレードを行ってお祝いの会を4日間行う儀式になります。
11月14・15日には「大嘗宮の儀」が行われ三つの建物を中心に行き来し、その年の新米を食して秘儀を含めた様々な儀式が行われます。途中ユーモアも交えながら会場を笑いに包みつつ講座が進みました。

神事がベースになって皇室儀礼が行われていますが、では同じく神を祀る近隣の神社からはどの様な歴史が見えてくるのでしょう。今回は散策コースに合わせ栄区の八幡神社から見えてくる歴史に焦点を当てて歴史を辿りました。
神話の世界では山や海や火などに関係する神が出てきますが、八幡神社の神は神話には出て来ません。今は武の神・力の神が祀られています。

京の鬼門として石清水八幡宮が創建され、源頼義の戦勝祈願から鎌倉八幡宮が創建された話に展開したあと、鍛冶ヶ谷八幡神社周辺は證菩提寺を含め鍛冶集団がおり鎌倉の武器庫になっていたとのこと。地域の特異性としては港南区と栄区の神社を比較すると栄区には武(守り)の神様を祀る神社が特に多くあることも鍛冶ヶ谷周辺が武器庫であったことと関係しているかも知れません。

その後、散策に移り、日野南地域ケアプラザを出てまず常夜灯のあった場所を教えてもらいました。大多良周辺の人達が鎌倉へ往還する時、目印として常夜灯が設置されていたそうです。今では宅地開発が進み当時の面影は全くなく、常夜灯も安養寺に移築されています。

次に七里堀の話を聞いた後、更に坂を登って住宅街に出ると急に視界の開けた尾根道に出ます。ここが当時の武相国境の道。見晴らしの良さに一同感嘆の声を上げました。

急な階段を何段も降りて七曲がりに向かいます。切り通し記念碑の前で幕末開港後、周辺の住民は農作物を荷車で横浜に運んだそうです。
急峻なこの坂を緩和するために七曲がりの切り通しが造られたとの説明に、その坂道の大変さは先ほど急な階段を降りてきた皆さんが実感をもって納得です。
散策は最後の八幡宮へ。この辺りは鍛冶ヶ谷と言われていますが、頼朝が藤原氏を滅ぼしたときに鍛冶集団を連れてきて、当時直刀が主流だった時に、今で言う日本刀を造らせその集団が居住したのでその名になったとのこと。

ここで解散になりましたが、この会恒例の昼食会が開催されました。鎌倉街道沿いにあるお店に31名が集い、講師の遠藤さんも含め、初めてお会いする方々も話が弾み楽しい雰囲気のなかで終了しました。

次回は9月11日(水)八聖殿にて「本牧のいにしえを探るー八聖殿(8人の聖人)で遊ぶー」です。講話の後周辺の名所旧跡を巡り三渓園まで散策の予定です。是非次回のご参加もお待ちしております。

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散策途中の説明
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会場の日野南地域ケアプラザ

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講師の港南歴史協議会:遠藤吉隆さん

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栄区西部(柏尾川沿い)の地形と神社分布

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武相国境越えの眺望

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解散地点の鍛冶ヶ谷八幡神社