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日本の文化に誇りをもって
日本の伝統文化を伝える街のお母さん
石田恵子さん Keiko Ishida
レポート 菅野裕子/烏海知恵子 文 烏海知恵子
撮影 菅野裕子 2016年8月18日

のりとお茶 いしだ園 港南台店
横浜市港南区港南台3-6-20 
TEL:045-833-3448 FAX:045-833-2905
営業時間:9:00~19:00 不定休
HP: http://www.ishidaen.com
お茶は日本の伝統文化
 「お茶は日本食と同じ誇るべき伝統食なの。でもそういう風に意識してくれるの人はまだ多くないわね」そう話すのは、港南台の駅近くで41年、茶舗いしだ園を営む石田恵子さん。地域の小学校から依頼を受け、『美味しいお茶の煎れ方』の出前授業を行っている。「滅茶苦茶にしないでね、って子どもたちによくいうのよ『滅茶苦茶』って当て字だけどお茶の言葉なのよ」「急須の中に入っている茶漉し。あれがよくないのよ。葉っぱが広がらないんですもの。煮物を作るときに取り出すのが楽だからって野菜を袋に入れてにないでしょう?茶葉が自由に広がらなくなっちゃ美味しいお茶にならないの」石田さんが子どもたちにお茶の煎れ方だけではなく、ことわざや慣用句、作法や礼儀まで。話は実に多岐にわたる。
 「お茶屋さんも売る事ばかりでお茶の煎れ方や効能はあまり伝えてこなかったのね。どこの家庭にも年寄りがいて、生活の中で自然に伝わってきていたから、誰かが教える必要なんてなかったんだもの」最近の子どもたちがお茶を飲まなくなったのは、お母さんが美味しいお茶の煎れ方を知らないからだと残念がる。

人の世は山坂多い旅の道
 昭和10年生まれ。学童期はすでに戦争まっただ中。米屋だった実家は戦時の配給制度で小売が出来なくなりお茶屋に転業した。「疎開、疎開で転校ばかり。世の中も境域制度もコロコロ変わって本当に勉強どころじゃなかたわ。大人になってからだいぶ苦労もしましたよ」溢れんばかりの豊富な知識は、新聞や様々な本、お客様との会話の中から独学で身につけたという。「感謝の気持ちさえあればいつでも、何からでも学べますよ。日々是勉強です」石田さんは笑顔でそう話す。

マルちゃんは招き犬
 あるとき、石田さんは店先で一頭の迷い犬を保護する。すると数日後に「おばさん、この犬どうしたの?」と近所の子どもたちが駆け込んできた。話をきけばこの犬は、団地に住む数名の小学生がこっそり飼っていた『マルちゃん』だという。喜んで返そうとすると「僕たちの団地では犬が飼えない。必ず順番で散歩しにくるからおばさんここで飼って」と頼まれてしまった。弱ったなと思ったものの、子どもたちの熱意に負け店頭で飼うことを決めた。子どもたちは自主的に『マルちゃん友の会』を作り会員証を発行し、お店は友の会の事務局に。親たちもまきこんで、みんなで世話をしたという。休みの日は子どもたちがいつも入り浸り、散歩の順番待ちをすることも多かった。マルちゃんに子犬が産まれて里子に出す時には、獣医さんにもらった『犬の飼い方』のコピーにお赤飯をつけ、みんなで撮った集合写真と一緒に渡した。「飼ってから、亡くなるまでの16年間マルちゃんはここの看板犬でした。おかげさまでいい時間を過ごさせてもらいましたよ。」石田さんは目を細めながら話す。今でも当時の親や子どもたちと親交があり、思い出話に花を咲かせるという。

お茶屋は昔のコミュニティーカフェ
 お茶屋はほっと一息つくところでありたいと、店内にお茶を飲めるスペースをつくっている。最近は保育園のお迎え帰りに赤ちゃんを連れて通ってくれるお客さんもいる。石田さんと楽しくおしゃべり。そのひとときでリフレッシュできると好評だ。
 「子どもには綺麗な言葉の形容詞をたくさん教えなさい、ってよく言うの。素敵ね。かわいいね。優しいね。そういう言葉をたくさん心に染み込ませてあげるのよ。小さな子どもは吸い取り紙だって私の母はよく言っていました。子どもの言葉は大人のコピーね」
 母から子へ、祖母から孫へ、受け継がれてきた物の考え方や日々の暮らしの知恵。核家族化がすすみ色々な文化が自然には伝わらなくなったことを憂いながらも、それを惜しみなく他者へ伝える。時に優しく、時に厳しく。相手を思うからこそ、石田さんは必要なことを伝え続ける。まるでみんなのお母さんだ。
 私たちはわずらわしいことを容易にしてくれるものを望み、便利な生活を手に入れてきたようにみえる。人と関わらなくても画面越しに欲しい答えを探せるようになり、家にいながら買い物もできるようになった。けれど、選びとらずに削ってきた様々な「ひと手間」は、日本の文化でもあり、誰かのために「手と時間を」かけたぬくもりでもあった。「将来の夢はお茶を世界文化遺産にすること。できたら2020年のオリンピックまでにね。みんなに日本文化に誇りをもった国際人になってほしいのよ」石田さんは未来をみつめ朗らかにそう笑った。
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