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「達人と歩く町」第5回目は『金沢区の名所の視点・・・そうだったのか!PARTU(散策編)』
「達人と歩く町」第5回目講座は、前回の達人「横浜金沢街歩きの会」の黒沢 明さんより「講話編」でお話のあった金沢区の名所を
実際に巡る「散策編」です。

   10月11日(水)朝、歩くには少し暑いくらいでしたが、絶好の秋日和のもと、
会員49名が金沢地区センターから称名寺までの散策にスタートしました。

    まずは老舗料亭旅館「千代本楼」へ。江戸時代に開業し、平潟湾をのぞむ
最良の場所にあり、観光客のみならず、伊藤博文や山本五十六など明治時代に活躍した政治家や軍人なども訪れた場所。小説「坂の上の雲」にも登場した
軍人・広瀬武夫がこの料亭宛に出した手紙が今も大切に保存されています。
裏庭に回って海を眺め、集合写真を撮った後、ご厚意により額に納められた、
その貴重な手紙を見せていただくことができました。

    続いて北条政子が竹生島から勧請したといわれる琵琶島へ。
向かい側にある瀬戸神社に拝礼後、瀬戸橋を渡り、東屋跡と明治憲法草創の碑を見る。 ここで伊藤博文を中心に4名で明治憲法の草案づくりをしていた矢先、原稿の入った鞄の盗難事件が起こった場所。 現金は抜き取られたが草案は無事翌日に戻った。
しかしこの事件後、警戒のため草案づくりは夏島にある伊藤博文の別荘で続けられ完成した。

 次に龍華寺へ向かう。龍華寺は800年以上の歴史を持つお寺で、鎌倉時代後期の作と思われる天文10年(1541)の銘がある梵鐘や金沢で新田開発に
尽力した永島家一族の墓などを見た後、休憩所にて小休止。

 ここから暫く狭く交通量の多い道を縦1列になり称名寺へ移動し、赤門に
到着。 石畳の参道(市電の敷石を使用)を歩き仁王門へ。院派仏師により建造された仁王像を金網越しに見ながら庭園へ。 ここで全員再集合し、黒沢さんから庭園や称名寺についての解説を聞きながら散策。
関東でも数少ない浄土式庭園で、仁王門から入ってすぐの阿字池と架けられた朱塗りの反橋が目に飛び込んで来ます。
浄土を空想して、手前の反橋は過去、反橋を下りた小島が現世、平橋を渡って来世へと続く意味が込められているらしい。
反橋を上り下りしながら今までの人生を振り返った会員もいたのでは。

    住職のご厚意により本堂に上がり、講話をお聞きしました。
金沢八景の由来から始まり、称名寺は正嘉2年(1258)北条実時が創建、金沢北条氏の菩提寺として栄え、実時が作った金沢文庫は武家文庫としては最も古いもので、現在まで引き継がれてきたとのこと。
とても時間が足りず、十分なお話が聞けなかったのが心残りです。  

    金沢文庫の横にある現在は閉鎖されているトンネルの前で、ここが鎌倉の
洛中洛外の東の境界であるとの興味深い話があり、洛内に別荘がある実時が居宅と称名寺を行き来していた石畳がこれではないかと、中世のロマンに夢を馳せたところで散会となりました。


    金沢区には鎌倉文化を現在に伝える歴史的・文化的資産や名所旧跡が数多く残っており、その魅力の一端に触れた今回の「達人と歩く町」でした。
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老舗料亭千代本楼
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料亭千代本の中庭に集合

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料亭千代本に残る広瀬中佐の手紙

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琵琶島神社

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龍華寺の梵鐘

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称名寺仁王門