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「達人と歩く町」第3回目は『横浜の女性群像』
8月9日(水)、「達人と歩く町」第3回目講座をフォーラム南太田で
開催しました。講師は横浜シティガイド協会の嶋田昌子さんです。

真夏の日射しが降り注ぐ朝、大岡川沿いの茶色い建物「フォーラム南太田」に会員40名と当日参加の方6名、計46名が集まりました。
会場である「男女共同参画センター横浜南」は、講師の嶋田さんが今回のテーマに関連した場所として選ばれたもので、3階大研修室の横の廊下では、大学生2名による写真パネル展「開港期から戦後の女性の仕事と考え方」「関東大震災と女性たちの力」が開催されておりました。

嶋田さんは、平成28年度横浜市男女共同参画貢献表彰の功労大賞(個人2名)を受けられており、改めて拍手でお祝いしました。
冒頭、嶋田さんより今回の講座にもご協力頂いた、館長の常光明子さんのご紹介がありました。

講座は、「3日住めばハマッ子」という定義から始まりましたが、横浜に30年は住んでいるという方はとの問い掛けに、約半数の会員から手が上がりました。 ペリーの来航に始まる横浜発展の歴史について、開国と開港の違いは貿易の有り無し、100軒ほど家があった横浜村は寒村ではない、象の鼻の防波堤は明治時代までは平行だった等々、浮世絵、絵地図、写真などによるお話はわかりやすく、興味がわきました。

また、大岡川流域の港南区、南区、中区も90年前は皆中区だったこと、横浜市の急激な人口増加の中で空襲による減少に関して今でも疎開道路という名前が残っていることなど、なるほどと思う内容が続きました。

ここで一転、嶋田家の話になり、群馬県館林の武士の娘(嶋田さんの祖母)が蘭方医に嫁いだこと、戸部あたりから横浜の町が見えたというお婆様の思い出話が紹介されましたが、それがその後の婦人による社会活動のお話の伏線になっていました。

女性宣教師たちによる女子教育、病院まで設立したというボランティア活動、
救援物資の配達や衛生思想の普及など、戦時下も様々な形で婦人による社会活動が展開された歴史がよく分かりました。
婦人参政権につながった東京の活動と比較して、横浜ではまず具体的に孤児への給食が行われ、ネットワークに必要な施設として募金を通じて婦人会館の設立にこぎつけたパワーに圧倒させられた講座でした。

次回・次々回は9月13日(水)と10月11日(水)「金沢区の名所の視点・・・・そうだったのか!」と題して、知られざる金沢区の歴史と魅力に迫ります。当日参加も可能ですのでご連絡下さい。
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フォーラム南太田館長の常光さんによる、横浜の女性史には光と影があるというご挨拶
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会場横の廊下の写真パネル展

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嶋田さんの講話「横浜の女性群像」

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嶋田さんの講話「横浜の女性群像」